まちづくり福祉推進ネット

  お知らせ 通信販売 心眼の窓 聞えの相談室 聞えの街角 ネット知恵袋 法人紹介 アクセス お問合せ  
 
 

聞こえの相談会って?

相談室へのお誘い

相談会考17
相談会考16
相談会考15
相談会考14
相談会考13
相談会考12
相談会考11
相談会考10
相談会考9
相談会考8

相談会考7
相談会考5
相談会考4
相談会考3
相談会考2
相談会考1

2002年7月2日発行 第12号

「聞こえの相談会」考4

再びデシベルダウンについて

デシベル・ダウンの問題については、前にもこの通信で、触れたことがある。再び、この問題を考えたい。というのは、「聞こえの相談会」をやってきて、いたるところで、この「デシベルのカベ」にぶちあたるからだ。単に、厳しすぎるという問題ではなく、「現実から遊離した、間違った基準」であるからだ。

問題は「障害の基準」だけではないが、とにかく、障害の基準から入ろう。

障害当事者や関係者はだれでも知っているように、日本では「1 両耳が70デシベル以上 2 一側耳の聴力90デシベル以上、他測耳の聴力50デシベル以上」がもっとも軽い障害の6級に該当する。4級「1 両耳の聴力80デシベル以上 2 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下」、3級「両耳の聴力レベルが90デシベル以上」、2級「両耳の聴力レベルがそれぞれ100デシベル以上」――となっている。

両耳70デシベル以上、というのは、この騒音社会では普通の仕事は続けられないレベルである。すでに、著しい生活障害で、何をもって「軽度障害」というのかわからない。相談会などでも、両耳70デシベル以上の人(70デシベルを少し越した人)はなかなか訪れない。会場まで出てくるのを躊躇する状態だからである。

相談会を訪れる人のなかで、いちばん多いレベルは50〜60デシベルの人たちで、「困った、困った」と言ってこられる。生活にゆとりのある方は問題ないが、高齢で年金生活の場合、せっかく相談会を訪れ、デジタル補聴器などの試聴で「良く聞こえる」となっても、補聴器の値段が高いので、購入できない場合が多い。また、若い人で60デシベルぐらいだと、正規の就職は難しいだろう。かえって、程度の重い障害の人の方が「障害者雇用枠」での採用ということになったりする。

それに、4級の「2 語音明瞭度50%以下」を例にとると、大雑把にいうと言葉の把握が50%以下に近いわけで、これだと、ほとんどコミュニケーションが成り立たない、と言って良い。コミュニケーションが成立しなければ、普通の社会生活を営むことは困難であり、「どこが中軽度障害なのか」と不思議に思う。

40デシベル、あるいは50デシベルぐらいから「障害」と考えた方が現実的である。70デシベルというのは高度の障害であり、80,90デシベルで重度の障害と言って良い。つまり、現実の騒音社会、情報氾濫社会での支障という点でみると、80〜90デシベルの人と100デシベル以上(ろう)の人では変わりなく、「同じように不自由している」のである。

だいたい、「耳もとで大きな声なら」などと、現実の社会でありえないような指針を出されても困るのである。「ささやき声、小さな声なら聞こえる」といっても、音のない世界を基準にしての話で、これも現実では探しようのない場面である。

20年ぶりに、(国際障害分類表)が改訂され、目に見える身体障害重視の考え方が転換されようとしている。現状では、これも知的障害、精神障害の面に傾きがちだが、それでも、この機をとらえて、デシベル・ダウンの運動を再開しようという機運もある。現行のデシベル基準の矛盾を、多くの人に知ってもらわないとならない。

つまり、聴覚障害に関しては、障害の基準を、コミュニケーションが成立するか否かに重点を置いて考えないといけない。いまの社会では、コミュニケーションが成立しなければ社会生活が成り立たないのである。人間を社会から切り離し、目に見える肉体的機能の損失云々という時代は終わったのであり、また、終わらせなければならばい。

   
Copyright(C)2007-2008 matidukuri.net.All Rights Reserved.